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解りやすく解説!日露戦争の理由と原因とは?

戦争軍人

なぜ日本は勝てたの?日露戦争の理由と原因とは?

「日露戦争」とは1904年から1905年にかけて、日本とロシアの間で行われた戦争です。
当時のロシアは日本の10倍の戦力を保有していたと言われています。
なぜ、日本はこんなにも強大な国と戦争をすることになったのでしょうか。
(参考:日露戦争wikipedia)

キーワードは遼東半島

戦争の原因
日本は1894年に「日清戦争」で清(現在の中国)に勝利し、下関条約という条約を結びました。
日清戦争の記事はこちらから「日清戦争の理由と原因
これにより、日本は多額の賠償金や、清における様々な利権を手にすることができました。
その中に遼東半島という場所があります。
ただ、清を狙っているのは日本だけではありません。
ロシアはドイツとフランスを引き連れて、「遼東半島を清に返しなさい」と日本に迫ってきます。
これが三国干渉です。
もちろん、日本は返還などしたくないのですが、この三国を相手にすることはできないので仕方なく清に遼東半島を返還することになります。

遼東半島を返還はしたものの・・・

戦争なぜ
約束通り清に遼東半島を返還したものの、実はロシアが遼東半島の一部を「一定期間借りる」ことで支配していました。
清はアジア最強の国だと思われていましたが、小さな日本に負け、いくつかの国に半植民地化されているのを見て、世界中の国から攻められるようになります。
ここで清の人たちが反旗を翻し、自分たちの国を取り戻そうと立ち上がります。
これが「義和団事件」です。
ロシアや日本はこれ以上清の領土を奪われたくないので、8つの国が一旦協力してこの争いを鎮圧することに成功します。
当然、清はより一層厳しく搾取されることになります。

ロシアが次に目指すのは・・・

戦争とは
ロシアはこの鎮圧後、自国に引き上げる途中、満州に立ち寄ろうとします。
次にロシアが目を付けたのは「満州」、きっとその先は「朝鮮半島」、そしてゆくゆくは『日本』に来る可能性があります。
そこで日本がロシアに立ち向かうことになるのです。
それでも日本とロシアの力の差は歴然です。
しかし、実は日本にはとっておきの切り札がありました。それが「日英同盟」です。
日英同盟は、日本とイギリスの間で結ばれた同盟で、お互いに戦争をする時には協力することも盛り込まれていました。
つまり、ロシアと戦争になればイギリスが必ず加勢してくれることが決まっていたのです。

日露戦争の結末

戦争ポイント
それでも実際ロシアを負かすことは容易ではありません。
そこで日本は裏工作として、アメリカに世論操作や仲裁役を頼んでいました。
日本は局地的に一気に攻め立て、一見優勢と見えるタイミングでアメリカに仲裁させます。
実際戦争中ではありましたが、日本優勢は事実なので、日本の勝利ということで「ポーツマス条約」という、日本に有利な条件の条約を結ぶことに成功するのです。

以上が、日露戦争の原因とは?の内容になります。

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