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解りやすく解説!湾岸戦争の理由と原因とは?

戦争軍人

なぜ戦争が起こったの?湾岸戦争の理由と原因とは?

湾岸戦争とは1991年に、アメリカを中心とした多国籍軍がフセイン大統領の治めるイラクに対して起こした戦争です。
このときの多国籍軍は、アメリカ・イギリス・フランスなど全部で37ヵ国に上ります。
日本は軍隊を持たないので、資金援助という形になりました。
こういう国を含めてくと相当な数になります。
では、イラクはなぜ世界から攻撃されてしまったのでしょう。
(参考:湾岸戦争wikipedia)

キーワードは『クウェートと石油』

戦争なぜ
1980年に『イラン・イラク戦争』というものが起きています。
当時アメリカはイラクを応援しており、イラクは勝ったときの莫大な恩賞を信じ戦争を続けました。
ところが、なかなか決着が付かず、イラクは借金まみれになってしまいます。
イラクは地下資源である石油で成り立っている国なので、石油を売れば借金を返せるのですが、イラク以外にも石油で潤う国がたくさんあります。
他の国が石油を売りすぎたせいで石油の値段が下落していたため、イラクとしては困るわけです。
そこで、周りの国に「石油を売りまくって値段を下げるのは止めてくれ」と頼むのですが、無視されます。
挙げ句の果てには、隣のクウェートが「ルメイラ油田」を掘り始めます。
実は、この油田はイラクとの国境沿いにあり、地下ではつながっているのです。
我慢の限界となったイラクはついに、クウェートに攻め込むことを決意します。
これが『クウェート侵攻』です。

世界に流れる映像とイラクの対応

戦争ポイント
クウェート侵攻を検索すると有名な画像がいくつかあります。
・油まみれの水鳥
・イラク兵の凶行を涙ながらに訴えるクウェート難民の少女
これらの映像はニュースに使用され、世界中で放送されています。
当然、イラクが行ったクウェート侵攻が原因だと報道されるわけです。
そして、国連はイラクに対して再三、軍の撤退を要求します。
しかし、イラクは借金があり、ここで引き下がるわけにはいかず、そのまま侵攻を続けるのです。

湾岸戦争の始まりと終わり

戦争の原因
1990年にイラクはクウェートの制圧に成功します。
ここで国連は多国籍軍をイラクに派遣し、湾岸戦争が始まります。
1991年に始まった空爆はイラクに大ダメージを与えることとなり、その後たった5日でイラク南部とクウェートは多国籍軍に制圧されてしまうのです。

一気に決着の付いた湾岸戦争ですが、それもそのはず、力の差は圧倒的だったそうです。
湾岸戦争でイラク兵の死者は約3万~3万5千人であるのに対し、多国籍軍の死者は300~400人と言われています。
しかし、ここまで圧倒的にやられたイラクですが、このままでは終わりません。
ここからイラクの、フセイン大統領の迷走が始まってしまうことになります。

以上が、湾岸戦争の理由と原因とは?の内容になります。

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